母ちゃんが死んだ。今までの人生で最も辛い1週間。

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8/25 18:55 母ちゃんが死んだ

 

それは急な出来事であった

 

仕事をしていた昼過ぎ、父親から連絡があった

 

「母ちゃんが救急車で運ばれたらしい。胸と背中の痛みを訴えて。父は今タクシーで向かってる」

 

この時は、抗癌剤の副作用か〜。きつそうだな〜。くらいの気持ちであった。また入院生活かなと。

 

そう、母ちゃんは、5年前に子宮体癌になり2年後肺に転移した。

 

それを毎年抗癌剤で小さくしていたのだ。

 

効いていた薬が効かなくなり、今年は別の抗癌剤を試してみようという事で8/10に1本目を打ったばかりだった。

 

しばらくは大丈夫そうかな。。

 

 

しかし、現実は甘くなかったようだ

 

 

会社を早退して病院に向かう

 

会社にお願いをして早退させてもらい、一度家に帰ってから病院に車で向かった。

 

父は、「母ちゃんも一緒に帰れると思うから、車で来てくれ」という意味で俺に言ったのだと思う。

 

入院生活になると思ったので、行きのセブン-イレブンで孫の写真を現像する。毎日写真を見て元気付けてもらう為だ。

 

 

数分後、父からのメールで、吐血したという連絡が入る。

 

怖い。。どうしよう。 万が一ってこともあるかな。。。

 

友人からは、県立がんセンターならパーフェクトな対応をしてくれるから見守ろう。との連絡が。

 

 

しかし、病院に着いたら母親の苦しんでる姿を見たくない。怖い

 

 

そんな思いを友人にぶつけた

 

友人「何言うてるんや。お前は母ちゃんに何もしてあげれへんかもしれん。でもな、母ちゃんは息子が近くにいるとめっちゃ嬉しいんやぞ。いてやれ」

 

この言葉を聞き、決心ができた。どんな姿でも手を握ってあげようと。

 

そして病院に着くと、父が待合室にいた。

 

俺「お母さんのところに行くで。」

 

父「ああ、いこか」

 

この時は、父も落ち着いていたので、母も大丈夫かなと思った。

 

そして、母のいる病室に入った

 

 

あっけない最後

 

病室に入ると、母は苦しそうだった。

 

肺炎により、肺に血が貯まって看護さんがその血を管で吸いながらかろうじて息ができている様子。

 

母の目ももうろうとしていた。

 

すかさず、孫の写真を見せる。

 

すると

 

目がぱっと開き、孫の写真をしっかり見てる。

 

俺「お母さん頑張れ!!」

 

父「頑張れ!!」

 

しかし、孫の写真を見たのち、呼吸がゆっくりになり息が止まり母ちゃんは死んだ。

 

病室に入ってから2分くらいの出来事だった。

 

きっと、息子と孫が来てくれて安心したから逝けたのだと思う。

 

父「あっけないものですね」

 

父の言葉が病室に響いた

 

 

長男の俺がしっかりしなきゃ

 

母が死んだ後は、つくばにいる姉に報告

 

姉「おかあさん、どう?入院になりそう?」

 

俺「おかあさん、亡くなったんだ。ついさっき」

 

姉「あ、、、、、そうなんだ。だめだったんだ。。。。。。ううううううううう」

 

姉のメンタル的に車で横浜まで向かうのは、無理なので旦那さんに運転してもらい横浜に向かってもらった。

 

 

父と葬儀屋を決め電話をし手続きをした。

 

この時は、完全に頭が混乱をしていた。手続きのことばかり考えて悲しい気持ちを無理やり消していた感じ。母ちゃんの死の実感が沸かない

 

明日仕事に行けなくなったので、仕事仲間に連絡。

 

「仕事のことはもう考えなくて良いから、お母さんの側にいてあげて」

 

以外と冷静だったので、仕事の引き継ぎをしなきゃという思いが強かった。最低限のことを伝え、仕事のことは忘れるようにした。

 

その後、葬儀屋さんが母ちゃんを迎えに来て、俺と父と母ちゃんは自宅に帰った

 

一番辛いのは、2日目と3日目

 

母ちゃんが死んだ翌日、段々と実感が湧いてきて、

 

もう二度と会話することができない、会うことができない

 

と思うと、体中から涙を押し出すように出てくる。

 

父と姉と姉旦那といる時は、しっかりした自分を見せ、一人になった時に大泣きをする。

そんな2日目を過ごしていた。

 

自分に言い聞かせる

 

しょうがないことなんだ。俺は母ちゃんに孫を見せたら母ちゃんはいつ死んでも後悔しないと決めていたじゃないか!!!でも、でも、、やっぱり、母ちゃんの死はきついーーーーーーうううううう

 

なかなか受け入れることができなかった。

 

 

一緒に過ごした場所がとても辛い

 

父と姉と旦那と昼にくら寿司に行った。

 

いつもなら、会話の7割は母ちゃんが話してたのに。

 

そして、いつもお会計をしている姿がない。見れない。二度と見れない。

 

母ちゃんと過ごした場所に行くと、母ちゃんの影を探してしまう。そして、母ちゃんがいない現実を叩きつけられる。

 

辛くて堪らなかった

 

涙は枯れることがない

 

一日に涙を大量に流すと、夜には泣く欲がなくなった

 

なので夜になると割と楽なのだ。

 

しかし、朝になると涙も生成させて、いつもの感覚が襲ってくる。

 

胸がきゅっとしてる感じが戻ってくる。

 

そして体全体が涙を絞りだすんだ。

 

泣くって相当体力を使う

 

そんな話題で姉とケラケラ笑う。きついね〜〜〜って

 

楽になったのは、お通夜が終わった日

 

お通夜の日には、父も姉もだいぶ落ち着いていた。

 

葬儀の手続きや母ちゃんを棺に入れるなど、ある程度の儀式が終わり、やっと母ちゃんをお見送りできる最後の儀式がお通夜&葬儀だからだ。

 

しかし、お通夜に来る人は、母ちゃんの死に対して最初の儀式

 

号泣する人やご焼香をする人を客観的に見ることができた。

 

それ以上に、料理が足りるかがとても心配であった。

 

当日は、100人と予想してた人数だったが、200人以上の母ちゃんの関係者が集まりとても嬉しい気持ちになったのを覚えている。

 

たくさんの人に、見送られて良かったね母ちゃん。

 

それから僕は、泣くことはなかった

 

最後のお別れ

 

葬儀の日、棺の中にいる母ちゃんにたくさんの花を入れる。

 

まるでドラマの一場面を見ているようだった。

 

皆の泣き声が部屋に響き渡る。

 

不思議と悲しい気持ちではなく、母ちゃん良かったねという嬉しい気持ち

 

どこかで僕もいつか死んだらこのように送り出してもらいたい

 

そして、最後にかあちゃんの冷たいおでこに触り

 

「母ちゃん、産んでくれてありがとう。母ちゃんの息子で良かったよ。いつか、また会えたら、おいしいもん食べにいこうね」

 

そう言って、母ちゃんを送り出した

一番辛いのは父親

 

今まで母ちゃんと一緒に住んできた父が一番辛いのだ。

 

家事全般すべてやることになる。そして、一人ぼっち

 

環境が180度変わってしまうのだ。

 

父を支えよう!!!

 

姉と熱い握手をかわし

 

忌引き休暇中は、ずっと父親と姉と一緒に過ごした。

 

家の模様替えをしたり、母ちゃんの服を捨てたり

 

気持ちは切り替えられて、未来へ歩みだした

 

母ちゃんは、予期せぬ死で「しもうた〜〜〜」って絶対言ってる。

 

でも、友人や皆の協力で葬儀も無事終え、やらなくてはいけない手続きも終え、遺産相続をやってくれる知り合いもいる。

 

 

だから、

 

 

母ちゃん、安心してね

 

 

明日からの仕事も問題なく復帰できる。

 

 

そして、全力で嫁と娘守って行くから天国から見てて

 

 

 

母ちゃん、ほんとに今までありがとう

 

 

 

また、おいしいもん食べにいこうね

 

 

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