友達と飲食店を開業するまでにやったことや考えたこと

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友人と飲食店を開業し、2016年12月で7年目を迎えた。

 

3人で始めた飲食店、3人のお給料を出すのは不可能なので1人がメインで入り残りの二人は本業をしながらフォローという形をとった。

飲食店開業まで知り合いの社長や他の人から友達とビジネスはしない方が良いと言われてきたが僕たち6年続けることができた。

友情が深いんだね~と言われることもあるが、友達とビジネスをして上手くいくことに友情の深さは関係ないと思った。もちろん僕らの友情は中学からなので深いと思ってるが。

 

開業メンバーはこんな感じだ。


おけや
俺は、料理はできるが頭が悪いぜ。よろしく!


ちげ
俺の料理は誰もがまずいと言う。よろしく!


こまつ
仕事やめて飲食店で修業中。俺に付いてきてくれ。

 

あなたはどの人に付いていきたいですか。

 

誰に付いていったら安心ですか。

 

誰がリーダーになるかプレゼンを3人でやった結果。こまつに決定した。普通そうでしょう。おけやとちげだったら1ヶ月ももたなかったでしょう。

 

では、この3人はなぜ飲食店に手を出したのでしょうか。

 

それはふとした会話から始まりました。

 

飲食店やろうとなったきっかけ

 

この記事を書いてるのは僕(おけや)だが、僕は小さいころから料理が好きだった。

 

高校サッカー部を引退した後すぐに居酒屋のキッチンのアルバイトを始め、卒業まで続けた。

就職は飲食店かと思いきや、大学生活注に飲食店の店長を見ていて、これを一生の仕事にするときついな。いつか体壊れて早死にすると思ったのだ。

料理好きだけど、パソコンも好きだし土日休みのサラリーマンが良いかなと思い就職も営業職に就いた。

 

2009年春くらいかななぜかこまつとドライブをしていた時に、打ち明けた(ゲイではない)

おけや
俺は、実はずっと飲食店やりたかったんだよね。

こまつ
え?俺もなんだけど。俺ら結婚してないしまだ24歳だからやらね??

おけや
なぬ。絶対やろうぜ!

 

という会話を車でしたのを覚えている。ほかに仲が良かったチゲも誘い、三人でお風呂の王様(スーパー銭湯)で会議をした。

 

今思うとここで決断をしっかりとしたのが功を奏した。

 

夢を語る場にしなくて、店を出す日にちを決めたのだ。

 

絶対出そう。オープン日は2010年12月、およそ一年後だった。

 

それから俺とこまつはその時に流行っていたルームシェアを始める。

 

飲食店の準備は着々と進んでいった。

 

店名を決める

 

お店を出してから友達やお客さんによく聞かれるのが、「なんでSAKAEって店名にしたの?」だった。

店名だけで1ヶ月くらい悩んだと思う。

 

ドラクエの町の名前や白と緑を基調とした二階のお店だったので「二階公園」とか(笑)二階公園は、お店の設計士さんが考えてくれたみたいだがみんなで首をかしげた。

 

SAKAEで良いんじゃね?誰かが言った。

 

僕ら3人は横浜栄FCというクラブチームで出会った。SAKAEという名前にするときっとコーチ陣や父母会も応援してくれるし、使ってくれてメリットしかない。そうしよう!

 

そして、店名はSAKAEに決まったのだ。

 

友人とビジネスで成功するこつ

 

僕らが喧嘩もせずに上手くいってるのは、ちゃんとリーダーを決めた為。

最高権力者を三人の話し合いでちゃんと決めて、方針を最初にしっかりと決めたからだ。

逆にこれを決めないで始めると、ぐちゃぐちゃ。俺の意見も取り入れろよ!とかお金もっと平等にくれよ!とか喧嘩して終わるのがオチだ。

 

3人とも普段はアホだが、仕事の面ではちゃんと互いに思いやりバランスが取れている。

 

まとめ

 

SAKAEのリーダーのセンスが良いので、SAKAEは続いてる。

 

オーナーの俺とちげも利益を出すような動きをしていかなければ、1+1+1=3以上にはならないし、一緒に開業した意味もないので何か担当を決めたいところだ。

 

2017年は、SAKAEの中で新しい事業を起こしていきたいと思ってるがなかなか難しい。

ケータリングの食材をホームページで売ろうとか考えたが、売れる予感がしないし利益は薄いかなということで却下になった。

僕個人としては、ジャムとか開発してSAKAEのジャムを流行らせたいと思ってるがジャムの知識がないし誰でも作れるようなモノしか今は作れないので勉強が必要。

 

素人料理で勝負するには、まったく違ったアイディアが必要なのだ。

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