母ちゃんの一周忌。亡くなってから1年が経って今思うこと。

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母ちゃんが死んで1年が経ったので、今の心境を書いていこうかと。

 

2016年の8月25日に母ちゃん死にました。今思うと、ぽっくりいってくれて良かったという思いもある。もし、死の宣告(あと1ヶ月もてば良い方です)みたいな事を言われていたら気が狂っていたかもしれない。

 

ちなみに、母ちゃんが死んだ時の記事がこちら

母ちゃんが死んだ。今までの人生で最も辛い1週間。

 

この記事は母ちゃんが死んで半月後くらいに書いたのかな。今でも読み返すと当時の映像を思い出して泣いてしまう。我ながら心に響く良い文章だ。

 

辛い気持ちは時間が解決してくれる

葬式の時は意外と平常心

亡くなってからの葬式まで、忙しくて悲しむ暇があまりなかった。きっと葬式うまくいくかな??という気持ちの方が大きかったためだ。

葬式の日は、意外と家族は無事に葬式を迎えられてほっとしているのだ。参加者から見たら、絶望の時なんだろうなと思うかもしれないがそうでもない。

自分は姉は参列者にお辞儀をしながら、料理が足りるかどうかの心配ばかりしていた(笑)

問題は葬式が終わってからだった。。。

 

無気力生活の始まり

葬式が終わってからは、体の脱力感が半端なかった。そして、やる気も失っている。ため息と涙を流す日々が4ヶ月ほど続いた。

この時ちょうど接客業をやっていたので、母の年代の女性に接客するのがとてもつらかったのを覚えている。

バイクに乗りながら大泣きする日もたくさんあった。この期間はほんとに辛かったというか大変だった。周りは母親を亡くしてる人がいないので

共感してくれる人もいないのも辛かった。

 

切り替え

2017年を迎えてからは、このままじゃあかんと思い環境を変えていこうと決意。ブログの更新を毎日したりダイエットを本気でやって気を紛らわせた。

新しい挑戦をすると新しい考えが生まれる。

 

新しい考えの中には、母は存在しない。

 

例えば、昔から通ってる道を通ると母を思い出すが、初めての道を通ると母との思い出がないので思い出さないという感じ。

そして、時間と共に悲しみが和らいでいった。

 

一周忌

娘も3歳を迎え、下の子も無事に5月に産まれた。もし、生きていたら。。もっと孫と楽しめたのにな。。。と考えてしまう。

考えても状況が動かない場合は考える事が時間のムダだと言うのをホリエモンの言葉をこの1年で覚えて実行してきた。しかし、考えなくても考えてしまう状況もあるんだな〜。

 

この一周忌、迎えるのが本当に嫌だった。なぜなら、お経で笑ってしまうからだ。1年前、赤い本を渡されてお経を一緒に読むという儀式がある。それがなぜかツボに入って笑いを耐えるのに必死だった。

きっと、今回も笑ってしまう。どうしよう。。。一周忌を完全に違う目で捉えていた(笑)

父、祖父母、うちの家族、姉夫婦、嫁の両親で食事をして無事に一周忌を終えた。

 

まとめ

母が亡くなってから、365日1日たりとも思い出さなかった日はない。実家のすぐ側に住んでいるというものあると思うが、今人生の一大事が起きているというのを改めて認識される。きっと、自分にとって一番死んだら悲しい人No1だったのだろう。

まだ、ご両親が生きてるのであれば、悔いのない行動をしてください。終わりです〜〜〜〜

 

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